もなかの看取り|ありがとう、また必ず会おうね!

こんにちは!
りんご(Instagram @lingo1003020)です。

前回、もなかの闘病記まとめ記事を作ったのですが、それから数日後の7月10日土曜早朝。
もなか、天国へと旅立ちました。

嘔吐・呼吸の乱れで入院

10日金曜の朝、わたしとおたいこは実家にいました。
オットからの「もなかが吐いて、いま酸素室で倒れて苦しそうにしている」と連絡を受け、慌てて帰宅しました。

呼吸が見たことないくらいに早く、目が開きっぱなしになっていました。
静脈注射が必要なため、入院するか、なにもせず帰宅するか。その二択を迫られました。
「4月に倒れたときには、体温が33度にまで下がりつつも奇跡的に回復してくれたから、きっと今回も」
そう思い、入院をお願いしました。
1日か2日入院させて回復の見込みがなければ連れて帰ることにしました。

金曜閉院前の夕方、様子を見に行って声をかけたら、瞬きをしてくれました。
「もな、頑張るもなよ」
そう言っているようでした。
オットとともに朝よりも状態が良さそうだね。でも、帰宅したらまたすぐに酸素室に入れるように準備しないとねと言いながら帰宅しました。

声をかけ、撫でたときに瞬きしてくれたもなか。これがさいごになるなんて思わなかった…

翌日は、朝10時頃にお見舞いに行く予定でした。
けれどもスマホを見ると、病院からの着信が。
慌ててかけなおすと、もなかが早朝に亡くなったとのことでした。
通常は病室は無人になってしまいますが、このときは数時間ごとに先生が呼吸数を確認してくれていたそうです。
1分間で144回もあった呼吸数は120回になったり、110回になったりしつつ、午前2時には90回ほどに下がったそうです。もなかも、目を開けたり、頭を上げたりしていたそうです。

先生も回復するかもしれないと思い、治療を続けてくださいましたが、その3時間ほど後に確認したときには死後硬直が始まっていたとのこと…。

最初の体調不良から1年ちょっと

思い起こせば、もなかの体調不良のはじまりは2025年の6月でした。
急に何度もトイレに行き来していると思ったら突然嘔吐し、立て続けに何度も嘔吐しました。
それでも、そのときは病院に連れて行って落ち着いたのですが、12月、さらにひどい症状が出てしまいました。
精密検査をしてもらいましたが、「肝臓と小腸に異常があるかもしれない」という診察を出していただくのが精いっぱいで、はっきりした理由がわからず、様子見となりました。
少しずつ食欲が落ちて、7㎏近かった体重が6㎏ほどに減っていて、これは明らかにおかしいと思いました。

本格的に絶対に変だと気づけたのは4月に倒れてからのことでした。
急に大声で鳴いたと思ったら呼吸を苦しそうにしていたもなか。
すでに病院は閉まっている時間だし、もう助からないのではないかと思い、このまま家でと思いながらも2時間ほど病院に連れていくことを迷っていました。
けれども、猫友さんから「呼吸が苦しいのかもしれないので緊急で行ったほうがいいかも」と言われ、苦しいのだけは取り除けるならと夜間病院に連れて行きました。

このときの体温は33度。
胸水が200ml以上も溜まっていて、ここまで悪くなっていることに気づけなかったことを強く後悔し、何度ももなかに謝りました。視神経もやられてしまったようで、もなかの目は何も見えていませんでした。
緊急処置してはもらったものの、動けなくなったもなか。

翌日、もうだめかもしれないと思いつつ、より検査の得意な病院に行きました。
原因はおそらく肝臓ガンとのことでしたが、病気の確定も、手術も高齢猫にはリスクが高いので、負担の少ない緩和ケアを選択しました。
「なんとか家に帰ってこれないか」
「あと1度でいいから、3匹揃った様子を見たい」
そんな願いが通じたかのように、3泊の入院後に、もなかは帰宅してきてくれました。
それでも、酸素室生活で、週1回胸水を抜くために通院が必要でした。
そんな苦しい通院でしたが、徐々によくなっていき、胸水が完全に消えました。

病院へは、2週間に1度の診察とお薬の処方のために通うだけとなり、酸素室(ケージ部分)を返却。
返却した帰りには、家族みんなで乾杯してお祝いしました。
一度もう諦めた命がつながった、だけでなく目に見えて回復してきている。その様子を見ていた数週間は自分の人生の中で一番嬉しかった時間と言っても過言ではありません。
諦めていた東京での会社イベントにも清々しい気持ちで出席でき、会社の仲間みんなでもなかの復活を喜んでくれました。
その後の血液検査も4月に比べて上向き、
「もしやこのままあと2年とか生きられるんじゃない!?」「低め安定ってもなからしいね」
そう言って笑っていました。

6月10日の夜、またひどい嘔吐と便失禁・尿失禁があり、夜間病院へ。
以前診察してくれたときに比べて軽症でしたが、やはり原因は確定せず、取り急ぎの処置のみで帰宅しました。
「正直、4月の診察のとき、もう厳しいかもしれないと思ってました。でも、あれから体重も増えて元気そうになってますし。まだ、いけると思います」
そう言って先生が送り出してくれました。

病気の猫は吐くごとに状態が悪くなっていくと聞いたことがありましたが、やはりもなかの場合もそうでした。
5月の回復期のような元気さはなく、ふらつきも見られるようになりました。
それでも、ご飯を食べ、トイレも自分でして、1階と2階の移動もできていました。
もなかは、薬はカリカリに乗せれば食べるタイプでしたが、それがだんだん食べなくなり、服薬機で飲ませるようになりました。それでも嫌がらずに4種類もの薬を頑張って飲んでくれました。

「服薬機を見せたら逃げるようになるかな」
そう思っていましたが、もなかはそれを見ても逃げることなく、黙々と薬を飲んでくれました。

※もなかの体調不良~闘病まではこちらにまとめ記事をつくってあります。
このまとめ記事をつくった数日後に旅立ってしまうなんて…まだまだ闘病記を続ける予定だったのに。

どちらにしろ後悔する道だった

そして、月が変わって7月9日に倒れてその翌日10日に、もなかの人生を全うしました。
最期のとき、入院させずに帰宅させていたらとも思いましたが、家で亡くなったら「入院させていたら」と思ったことでしょう。
どちらにしろ後悔する道だった。
逆に言えば、どちらも正解だったのかもしれません。

埋葬する前に、猫たちだけでお別れをしてもらいました。(あんこはいつももなかの最期に倒れた猫ベッドに入ってます)

いま、わたしたち人間だけじゃなく、あんこも元気がありません。
あんこが陽キャで甘え上手なのは、もなかの暗さがあってこそでした。
なつめは、いままで興味を持たなかったメロンやスイカに興味をもつようになりました。
メロンやスイカはもなかの好物でした。

6年前のやはり7月に弟の死なんてことがあり、もうあれ以上の苦しみはないと思っていました。
けれども、今回のもなかの場合は、全身全霊をかけて頑張ってくれたし、わたしたちは全力で応援できたため、苦しみはありません。
それでも、寂しくてさみしくてたまらない気持ちです。
「あんもな」と呼べないことに、もなかのぎざぎざしっぽが見えないことに困惑し、これからどうやって生きていったらいいのだろうと、大げさでなく思います。

あんこともなか。
もなかとなつめは仲良しでしたが、あんことなつめはそういえば接点があまりなかったような💦

今さらながら、もなかの存在感の大きさを感じます。

寂しいし後悔もないとは言えないけれど、もうだめかもと思ってから2か月半。
もなかはよく頑張ってくれました。

このお別れの時間がなければ、わたしたちはもっともっと暗い気持ちで後悔ばかりしていたと思います。

11年半一緒に過ごしてくれたもなかに感謝しかありません。
もな、本当にありがとう。大好きだよ!
絶対にまた会えるはずだから、必ず待っていてください。
本当に本当に、この家に来てくれて、家族になってくれてありがとう。

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