
こんにちは!
りんご(Instagram @lingo1003020)です。
もなかとお別れしてもうすぐ2週間がたちます。
毎日泣いてますが、最初のころよりも、言葉でこの気持ちを外に出せるようになってきた気がします。
それと同時に、後悔していることもあるけれど、できたこともいっぱいあったなと思うようになったので、まとめてみました。
大切な家族とお別れして後悔や寂しさを感じている方にご覧いただけたらと思います。
後悔したこと
さいごに入院させてしまったこと
本当は家で看取りたかったけれども、結果的にもなかは病院で亡くなりました。
ただ、入院を決めたときは、治療によってまた家に帰れる可能性があると思っていました。先生からMRIや今後の治療についての話もあり、これが最後になるとは思っていませんでしたが、検査結果を見返すとちょっと厳しい状態だったのかもしれません。
あのとき、楽観視せず、「今夜が山なら、入院させるか家に連れて帰るかどうか、もう一度考えさせてください」と言えたかもしれません。

どうしても家で看取りたいと伝えなかったこと
さいごにもなかを入院させたとき、まだ回復の可能性があると思い、治療を優先しました。
しかし、亡くなってから
「もっと強く希望を伝えていれば違ったのではないか」
「ダメ元で夜間に病室で付き添わせてほしい」
「助からないようならいつでも呼び出してほしい」
と伝えてたらと思ってしまいます。
実は、獣医さんはもなかの亡くなったときから1時間後の午前5時頃にわたしに電話をかけていてくれたそうです。
ただ、私はスマホをスリープモードにしていたし、先生も慌てていて番号を間違えてしまって通知がいかなかったのかもしれないとのことでした。。。
万が一の連絡先を、自分だけでなく、オットのと2件伝えていたら…。
もなかが亡くなったのは午前4時頃とのことでしたが、先生が見つけた午前5時頃にはまだ温かかったそうです。「最期は絶対にかけつけたいので、何時でもいいから必ず連絡をしてほしい」と伝えていたら、まだ温かいもなかに触れたかもしれないと思います。

体重が減っているにもかかわらず早めにセカンドオピニオンを考えなかったこと
もなかの体調不良に気づいたのは2025年6月。
その後12月、2026年4月と大きく体調を崩しますが、12月の時点でかかりつけの病院を変えていたらと思いました。
以前のかかりつけA病院は、血液と尿検査のみで、レントゲンやエコーで診てくれたのは、新しいかかりつけB病院でした。
4月に倒れてから、検査の得意なB病院をかかりつけにしましたが、「あとひと月早ければ手を打てたかもしれなかったのですが」と言われたときには心から後悔しました。
(が、先生のもう厳しいかもしれないという予想に反してもなかは2か月半も頑張ってくれたのですが!)

血液検査の空白に気づいて検査の詳細を求めなかったこと
これまで「血液検査をしてもらったからOK」と思っていましたが、後から見返すと、入力されていない部分があることに気づきました。(もともとのA病院だけでなく、検査の得意なB病院でも未記入の個所はあったので、あえてリクエストしないとすべての項目を調べてもらえないのかもしれません)
もなかの直接の死因は「脳疾患」とのことですが、アンモニアが脳にまわってしまったという可能性もゼロではないと思います。
4月と7月にしかアンモニアの数値が入っていませんでしたが、6月の時点でアンモニアの上昇に気づいてたら手を打てた可能性もあるのかもしれません…
(あくまで素人のわたしのネット情報からの考えです。また、獣医さんに非はないと思っています)

もなかのためにしてよかったこと
一度目に倒れたときに夜間緊急病院に行ったこと
4月23日に妙な声で鳴いて、ベッドで失禁して倒れたとき。
これまでの猫飼いの経験から「もうおしまいかもしれない」と思い、諦めようとしました。
また、夜だったので病院に連れていく頭はありませんでした。
けれども、猫友さんに動画を送ってどうしたらいいか聞いたときに
「肺水腫とか苦しい病気かもしれない。緊急でも連れて行った方がいいよ」と言われて、「ようやく緊急病院を探さないと!」と思いました。
もなかが倒れてから既に2時間ほど経過していました。
それでも、病院に連れていくと看護師さんから「連れてきたのはナイス判断でしたね」と言われ、胸水を抜いてもらえたため、なんとか一命を取り留めてくれたんです!

夜間緊急から帰宅して3泊入院させたこと
緊急病院では入院ができないため、翌朝にかかりつけの病院に連れて行って、診察を受け、入院させました。
倒れて、目も開いたままの状態だったもなか。
一度はてんかん発作も起こしましたが、獣医さんが見ている時間だったため助けてもらえました。
1日2回のお見舞いに行き、「最後かもしれない」という想いで、動画と写真にもなかの様子を収めましたが、結果、もなかは生きて帰宅してくれました。
夜間病院から連れて帰ったものの、相変わらず意識がなかったもなか。
翌日病院に連れて行って、「もう家に連れて帰ります」と言っていたら、もなかの命はここで終わっていたことでしょう。
意を決して入院させてよかったと本当に思います。
ここから2か月半も生きてくれたのですから。

手術を選ばず緩和ケアを選んだこと
かかりつけになったB病院で、今後の方針について聞かれましたが、針を刺して病気を確定させるための精密検査、ガンだった場合の外科手術については、わたしたちの選択肢にありませんでした。
15歳近かったので、全身麻酔の負担や手術のストレスを考えたためです。
その後、ほかの獣医さんに相談したときに「私もそれがいいと思います。麻酔からは覚めると思いますが、シニアの子は予後が悪いことが多いですから」と言われ、わたしたちの選択は間違ってなかったかなと思いました。

酸素室をレンタルしたこと
退院してきたもなかのために、酸素室をレンタルし、万が一胸水がたまったとき、呼吸が苦しいときに少しでも楽になるように整えました。
酸素室に入っていたのは、退院から数週間ほどで、その後は胸水がたまることはなく、苦しそうな様子もありませんでした。
ただ、最期に家で倒れたとき、もなかは酸素室に自分で入っていきました。
具合の悪いときにはベッド下にいくことが多かったもなかですが、最期は酸素室に入っていったことから、せめてもと思い、酸素を送ってあげました。
そして、ちょっと話がズレますが、もなかが酸素室に入って倒れていた=「病院に連れて行ってほしい」のサインだったのかもしれないという気持ちもあります。

療養食にこだわらなくなったこと
もなかがいつも食べていたヒルズのシニア用を食べなくなったというのもありますが、とくに最期の1カ月ほどは一般職もあげていました。
コンボや三ツ星グルメのような、腎臓の負担リスクがあっても「食いつきのよさ」を優先して、一般食をあげていたせいか、もなかは倒れる前日までご飯を食べてくれました。
「強制給餌になったらもう自然に任せよう」と、オットと話していましたが、自力でさいごまで食べてくれていたもなか。本当に偉いです!(親ばか全開!)

抗がん剤による食欲低下を見て、治療を続けることだけにこだわらなかったこと
胸水が消えるまでは抗がん剤を与えていましたが、胸水がたまらなくなり、同時に食欲が落ちてしまったことがあります。
そのとき、抗がん剤の副作用を指摘され、先生の指示のもと抗がん剤をストップしました。
それでも胸水はたまらず、食欲も戻ってきました!
6~7年前の若いころのように「嫉妬であんこに噛みつく姿」も見られました。

もしかして抗がん剤をあげ続けていたらあと数日、数週間長く生きられたかもしれませんが、元気にご飯を食べて昔のように元気に過ごせたのだから、それでもよかったとわたしたちは思ってます。
ものすごく喜ぶジャンクな食べ物をあげられたこと
もなかはもらってきたばかりの3歳のときに膀胱トラブルがあり、腎臓機能も少し落ちていました。
なので、焼き魚やかつおぶし、ささみのおやつなどは基本的にNG。
ちゅーるも誕生日やクリスマスだけに限定していました。
けれども、4月に倒れてからは徐々におやつも解禁。
ご飯のかわりにおやつをあげることもあったし、6月のふらつきが見られるようになってからは、焼き魚やフィレオフィッシュの魚の部分など、「いままで絶対にあげなかったけれども歓喜する食べ物」をあげるようになりました。

飼い主のわたしたちのメンタル的にもよかったこと
酸素室不要になったときに普段通りお出かけをしてよかった
もなかが退院して1週間ほどは、仕事をしていても様子が気になるし、外出なんてもってのほか。
おたいこの保育園送迎や参観日ですら早退していました。
けれども、体調が安定してからは酸素と温度に気を付けて、前のように家族で外食に行きました。
さらに酸素室卒業してからは、わたしは欠席予定だった東京出張へ。
朝早く家を出て、新幹線に乗って、出張先でみなさんにもなかの心配をいただきつつ、夜、無事帰ってきたときの喜びは、わたしの人生の中でも最高に輝いていた時間でした。
そんな時間をくれたもなかへの感謝といとおしさがますます高まりました。

サードオピニオンも求めて違う病院にも連れていったこと
心配してくれた友人の友人や、もともとあんもなを保健所から引き出してくれたボランティアさんから「ガンじゃなくFIPという可能性はないですか?」「念のため大きな病院でも診ていただいては?」と言われて、思い切って隣街の老舗人気病院でも検査をお願いしました。
結果、かかりつけの病院と同じように肝臓ガンという見立てで、FIP検査も陰性でしたが、それでもやってよかったです。
ただ、人気の病院だったので、ものすごく待ちました💦
あれがもなかの状態が悪いとき、暑さ寒さの厳しい季節だったら負担が大きかったので、タイミングがよかったと思います。

もなかの状態を職場含め大勢に共有してよかった
これは本当に、わたしたちのメンタル部分なのですが、友人にも、職場にも、習い事の先生やお仲間にも、もなかの状態がよくないことを予めお伝えしておきました。
急遽お休みするかもしれない、予定変更があるかもしれないという認識をもっていただいて本当に有難かったです。
さいごにもなかが旅立ったことを伝えると、一緒に泣いてくれる友人や仲間がいて、どんなに心強く、温かい気持ちになったことか…。
数にしたら何十人、いや、ブログやSNS、Youtubeを含めたら百人以上の方に心配いただいていたと思います。
幸せな猫だったと思います。





もなかは実家の庭に埋葬させてもらいました。
石を乗せただけでしたが、野生動物に荒らされてはいけないと、両親が強固な城のような墓をつくってくれて。
わたしたち3人だけじゃなく、亡くなったいまも現在進行形で実家からも大切にしてもらっている猫です。

後悔ゼロじゃないけれど、感謝しかない2か月半。そしてこれからも
もなかが亡くなるちょっと前「ここまでやったんだから、後悔はないだろうな」なんて思っていました。
けれども、まさかさいご、あんなにあっけなくしかも入院中にいってしまうなんて。
予想もしなかった最期に後悔して、涙する日々でした。
いまも後悔は消えませんが、全部「振り返ってみると」なんですよね。
亡くなった日から逆算して考えれば、こうしていればよかったと思うし、病気が発覚した日から逆算すれば、ああしていればよかったと思う。
だけど、逆算できない日々を送るわたしたちには、後悔しない道を選ぶ術はありません。
どうしたって後悔してしまうものなんですよね。
そんなときに、改めてこうして後悔したこと、よかったことを振り返ってみると、「頑張ったな。もなかはもちろん、わたしたちも」と思えました。
一度倒れてからの2か月半がもっともっと輝き、もなかからの最大の贈り物のように感じられました。
とある緩和ケアの先生はおっしゃっていました。
「息を引き取る瞬間に居合わせることだけが看取りではない。その前後すべてが看取りです」と。
また、ご自身も愛犬を亡くした獣医さんが「肉体がなくなったあの子のことも愛してあげてください」とおっしゃっていました。
この先も、後悔したり、これでよかったんだと思ったり、満ち引きしながら進んでいくのだと思います。
もなかの体はなくなったけれど、まだまだ書きたいことはたくさんあるし、わたしはもなかのおかげで「わたし」として存在できるのだと思います。
そうやってもなかと、そして、残るあんことなつめと一緒にこれからも生きていきます。

大変、長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました!
これをお読みくださっている方はきっと、家族を失って辛いところで、藁をもすがる思いで読んでくださっていると思います。
わたしも同じです。
家族を失っても、家族がいた事実はだれにも消せません。
時間を稼ぎつつ、なんとか生きていきましょう。
\さ、みんな、笑って~!読んでくれてありがともな~!/

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